
風水まもり=かみまもり=【第四章】復讐
なすすべもないまま
あるがままの委ね。
そうやって
自然の摂理という生の循環を受け入れた時
大いなる存在が動き出す。
巨石とこの地が受け止めた、父とけいとみうの魂は、輪廻という叡智を持ち、さらに微生物の力によって、時間も時空も超えて転生を繰り返し、永遠をまっとうする。
父とけいとみうの3人の命を弄ぶように、あっけなく奪った、賊の頭領である大男は、母を気絶させ、馬の背に乗せて拉致し、アジトに連れ去った。
人里離れたところにある、裏寂れた山を背にして、賊たちが暮らすアジトはあった。
アジトを見下ろす、その山は、荒々しい岩肌を剥き出しにし、急勾配なため、明らかに人が登ることを拒んだ様相をしている。
その山は、あまりに登るに険しく、しかも岩山のために、収穫できる果実を実らす樹木や、きのこや、野草が育たないため、里の者は、誰1人近づこうとしなかった。
だから、人目を避けて暮らす賊たちにとっては、好都合な場所だった。
賊たちは、街で自分たちにお尋ねもののおふれが出ると、すぐにアジトを変えるため、各地を転々として暮らしている。
万が一、アジトの家の中に手掛かりになるものがあって、そこから足がつかないよう証拠隠滅のため、転居する時には毎回アジトをすべて焼き払っていく。
賊が住む家は、乾いた砂地を深く堀った穴に、太くて長い柱を一本立て、竹で編んだ大きな天幕を垂らし、四隅を木釘で地面に打ちつけて固定し、さらにいくつも束にした藁を天幕に結び付けただけの簡素な家だ。
その簡素な家の中の広さは大人が5人、ゆったり寝られるほどの大きさだった。
アジトには、同じような大きさの家が2つと、頭領が暮らす、ひとまわり大きな家の計3つが立ち並んでいた。
賊の頭領である大男は、アジトに着くと、自分の馬の手綱を手下に渡し、意識のない、けいとみうの母を、馬の背から片手で軽々と降ろして、自分の肩に担ぎ、自分の家へと入って行った。
広げた干し草の上にゴザを敷いた寝床に、大男は、肩に担いだ、けいとみうの母をドサリと降ろし、両手首に食い込んだままになっている血まみれの縄を腰に携えた刀で切り解いた。
大男は、あぐらをかき、女に噛みちぎられた腕をさすりながら、改めて目の前の女をよくよく眺めた。
女は、まだ意識がなく、大男の腕の肉を歯で噛みちぎったせいで、血で汚れている薄紅色の唇をわずかに開けて、浅い息をしている。
髪は腰まで長く、漆黒の髪色をしていて、
肌はしっとりときめ細かく、透けるように白い。
閉じられた眼は、長いまつ毛を纏っている。
胸や腰回りは豊満で、横になった肢体は、しなやかに波打った曲線を描いている。
大男は、人々から金品を強奪した後、手下たちに分け前を渡し、1人で街に繰り出すのが常だった。
賊稼業は生きるか死ぬかの瀬戸際で、金を稼いでいる。
恐怖を感じるのが、当たり前の稼業なのだ。
だから、一仕事終えると、途端に恐怖から逃れるために、酒と女に向かって、鬱積したものを発散したくなる。
街の酒場で働く女たちを、酒を飲みながら品定めし、一夜を共にするための金を払い、酒場の2階で朝まで乱暴に犯し、何度も性交渉をする。
その時に抱く女たちの肌は、とても冷たく、体は硬い。女たちの性器は乾いていて、挿入の度に痛みで、顔を歪めている。酒灼けした喉から漏れる喘ぎ声は、演技しているかのようにわざとらしく機械的だった。
目の前で、浅い息をしている、美しい女は、今まで抱いた女たちとは明らかに何かが違っていた。
家の明かり取りの隙間から、ちょうど夕陽の光が差し込んでくるのを、しなやかな女の体が受け止めていて、女の全身が柔らかな繭に包まれているようで、神々しい。
大男が手を伸ばし、女の顔に掛かっている一筋の髪に触れようとした瞬間、女が飛び起きた。
飛び起きるや否や、女は奇声を上げながら、大男の首を絞めようと手を伸ばし飛びかかってくる。
大男は、飛びかかってくる女の胸の正中を勢いよく掌で押し返し、体勢を崩した女が体を床に打ち付けながら、部屋の隅に転がった。
女は勝ち目はないと分かっていながらも、それでも何度も何度も大男に同じように向かっていって、その度に体を強く床に打ち続けた。
「許さない、殺す」と大男を呪うほどに、きめ細かな肌に、いくつもの紫色のアザが刻まれていく。
大男は、女を生かすばかりか、アジトから逃げることもせず、昼夜問わず、自分の命を狙ってくる女を自分のすぐ側に置いた。
大男は、女が自分の命を狙ってきても、絶対に手出しはするなと手下に強く言い放った。
女は、憎しみ、怒り、憤りの渦の中で、苦しくて息ができず、毎日溺れそうになりながらも、大男の命を奪うことだけが、女の生きる全てだった。
狂気で生きている女は、復讐の炎でその身を焼き尽くし、以前の美しい様態とは、日毎に変わっていった。
髪からは艶が消え、白髪に変わった。
笑みを絶やさなかった頬は痩せこけ、目尻や口周りには、深い皺が刻まれるようになり、生きる喜びに潤っていた瞳には、一切の輝きがなく、どこを見ているのか、いつもうつろで、唇もひび割れている。
目の前で、愛しい夫と可愛い2人の子どもが、大量の血を吹き上げながら、大男が振り下ろした刀によって、命を奪われる夢で飛び起きる度に、すぐ横でいびきをかいている、大男の首をきつく締め上げる。
だが、その度に、虫でも払うように、いとも簡単に大男の片手で振り払われて、女は壁に床に体を強く打ち付けた。
毎日毎夜、現実と夢の中で繰り返される悪夢。
女は身も心も崩壊していた。
ドス黒い動く物体にしか見えない、目の前の大男の命さえ奪えれば、夫と子ども2人の愛しい魂の無念は晴れる。
そう思い込んでいる女は、大男への憎しみの炎を焚き付けるためだけに、食べ、排泄し、眠り、息をした。
3人の愛しい魂は、その時、女の思い込みとは全く別の高い領域に解き放たれ、明るく温かく軽い次元を自在に巡っていた。
なぜなら、3人の魂は、身体と魂が離れる時に、誰しもが与えられる、絶対的で果てしない程の幸福感によって、次の生に向かって、大きな光になっているのだから。
生の中にいる者たちは、その事を知らないがために、女のように復讐という思い込みを生きてしまったり、死を恐怖と捉えて、生にしがみついたり、命を終わらせた者に対して、謝罪の念を抱いたりしてしまう。
それはすべて自身が投影した幻想なのだ。
魂は、もっと純粋で、満たされていて、自由自在に歓喜の中を遊ぶように存在している。
狂気と絶望の狭間でしか、生きられない時、人は、自らが幻影した憎しみの沼の深みに、自ら身を投げ出して沈み込んでいく。
だから、その沼の中で息もできずに、ただもがくことしかできない。
死んだ方が、よっぽどマシだ。
早く楽になりたい。
何のために生きている?
憎しみという、自らが作り出した幻影を消す術を知らないばかりに、そうやって囚われて自問自答を繰り返す。
自分で撒き散らした憎しみが、自分の鼻から口から皮膚から入り込み、細胞にまで染み込んで、自らを崩壊させていくのだ。
女が囚われている、憎しみという、暗く冷たい低い次元には、地獄に行きそびれた、ちみもうりょうたちがいる。
ちみもうりょうたちが、ほこりや抜けた髪が放置されたままになっている部屋の片隅や、粗雑に扱われ壊れた物、掃き清められていない庭の吹き溜まりや、雨水が溜まり、腐敗臭を放つ汚水に憑依していて、そこから囁くのだ。
「殺せ、殺せ!さもないと、命を弄ばれた夫と子どもたちが浮かばれない。お前だって簡単に殺されるぞ!だから、今すぐに大男を殺せ。いいか、今すぐにだ!!!」と。
女は、ちみもうりょうたちに、復讐の炎をさらに焚き付けられ、さらに大男を殺すことだけに囚われて、生きていた。
大男を殺したら、すぐに自ら命を終わらせて自分も愛おしい魂のいる場所に行く。
そうしたら、この苦しみから解放されてようやく平穏になれる。
それまでは、なんとしても。。生きる。。
でも苦しい。。助けて!お願い助けて!お願い。。。
どうかお願い。。どうかお願いします。。私を救ってください。。。
なす術がないまま、生きる苦しさに耐えるということは、生きながらにして、すでに死に絶えている。
死にながら生きている時、人は空虚に向かって、本当の内なる願いを熱く熱く発願する。
なぜそうするのか?
体の中に眠る、微かな記憶が、内なる声が、熱い発願こそが、苦しみから抜けられる、唯一の方法なのだと、必死で伝えてくるから、そうせざるを得ないのだ。
夏の半ばを過ぎ、あの世とこの世の境界線が曖昧になる、ある満月の一夜、亡くなった者が生前に積んだ高い徳分を使って、現世を生きる者に向けて、悟りを伝えることがある。
ともに神官として、祈りとともに生きた、今は亡き夫が、高い次元から、今、愛する妻が囚われている低い次元に向けて言霊を伝えてきた。
以前のように、自分という存在をもはや保っていられない女は、はたして自分は、夜になっても寝ているのか起きているのか、判断がつかないほどに崩壊していた。
その夏の満月の夜も、夢なのか現実なのか、分からぬまま、女は、懐かしい声に自分の名を呼ばれた気がして、眩しい月明かりの元、ふらふらと外に出た。
その様子に気が付いた、さっきまでいびきをかいていた大男は、そっと起き出して女の後を追った。
女が外に出てあてもなく歩いていると、ふと、飲み水のために、岩から湧き出し続ける清水を溜めている、人1人が入れる程の大きな水桶の水面が、満月を映し取りながら、美しくきらめいているのが目に留まった。
女は吸い込まれるように、服のまま、その水桶にそっと足を浸し、そのまま全身を水底に潜り込ませた。
冷たい湧水が、崩壊している自分の全身を清めていく。
全身の毛穴から、清らかさが染み入ってくる。
潜りながら、水桶の底に背中を預け、目を開けて、水面に揺らぐ月を仰ぎ見ながら、吐息が泡となって、音を立てて、昇華していく様子を女は美しいと思った。
水の中で女は、目を閉じて、自分の鼓動と、血液が巡る音、吐息の泡が水に運ばれる音をただ聞いているだけで、不安と恐怖によって、バラバラに切り刻まれた自分という存在が、以前のようなあるがままの、清らかな自分へと静かに還っていく感覚を感じていた。
すると、遠くの方で、自分を呼ぶ懐かしい声が
微かに聞こえた。
愛おしい夫の優しい波動を含んだ言霊が、女の意識に届いたのだった。
=第四章=復讐=完=




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