風水まもり=かみまもり=【第二章】自我

2025.06.26

【第二章】=自我=

欲望と殺気、高揚感が入り混じった重苦しい空気。

喉の奥をぐっと締め付けられて、息が吸えないような邪気。

意識を強く保っていないと、心が乗っ取られてしまいそうな、目に見えないドス黒い何かがすぐ近くにまで迫ってきている。

父と母の直感が、大切なものを命に換えても絶対に守れ!と叫んでいた。。。。

家の隣の畑で、ようやく葉と茎を伸ばし始めた夏野菜の世話をともにしていた父と母は、邪悪な空気が、どんどんと近づいてきているのを察し、かみまもりの杜の手前に広がる野原で遊んでいる、けいとみうに、いつも穏やかな父と母が、今まであげたこともないような大声で、「2人とも!家の中に入っていなさい!」と怒鳴った。

ただならぬ気配を父と母の声から察した、けいとみうは、慌てて走って家の中に駆け込んだ。

けいとみうが、家の中に入ったのを確認するやいなや、父と母は、かみまもりの杜の奥へと全力で走って行った。

けいとみうは、底知れない不安を感じながら、ぴったりと閉めたカーテンの隙間から、外の様子を覗いていた。
父と母の姿が見えなくなって、どれくらいの時間が経ったのだろう。
しばらくして、父と母が息を切らしながら家の前まで戻ってきたのが見えた時、けいとみうは、ようやく安堵した心持ちになった。

だが同時に、目の前に、腰に刀を携え馬に跨った10人ほどの賊の集団が、父と母の前に立ちはだかった。
賊の頭領である、眼光が鋭く、頭を剃り上げた、ひときわ頑丈そうな体躯をした、身長が2メートルはあろうかという大男が、跨っていた馬から飛び降り、ニヤニヤしながら、父と母に近寄ってきた。

その大男は、腰に携えた刀を鞘から抜き、刀先を父と母の方に向けながらいきなり「物や食べ物を金に変える秘宝の在処を教えろ!」とドスのきいた声で怒鳴った。

それを聞いた父は、相手を諭すような落ち着いた声で、「そんなものは、どこを探してもありはしない。」と言った。
大男は、「嘘をつくな!ここにきたジプシーたちが、街中で、ありとあらゆるものを金に変え、巨万の富を手にし続けている者がいると、言いふらしているぞ!」と言って、「家のどこかに、その秘宝をどうせ隠し持っているのだろう。探せ!」と顎をしゃくり上げながら、賊の手下に指示を出した。

けいとみうがいる家に踏み込もうとする手下を制止しようとした父と母は、あっという間に、賊の手下に囲まれて後ろ手を縄で縛られ、身動きを封じられてしまった。

その時、恐怖に怯えながら、カーテンの隙間から、窓の外の様子をまばたきもできずに凝視していた、けいとみうの元に、父が声なき声で「2人とも、今すぐに逃げろ!」と大声で叫んだのが、2人の意識に届いた。

けいとみうは、その声に突き動かされるようにして、家の裏口から抜け出して、どこに向かうかも考えられずに、ただ、父が放った声なき声を体中に響かせながら、ひたすら走った。

走りながら2人は、導かれるように、かみまもりの杜の奥へと向かっていた。
いつも父と母から、かみまもりの杜の奥に立ち入ってはいけないと言われているにも関わらず、今の2人は、自然と杜の奥へと足を走らせていた。

二人は、杜の中を走って、走って走り続けた。

心臓の鼓動がどうどうと悲鳴を上げている。


息が続かず、もうこれ以上は、どうしても走れないと思った2人の視界に、周りの樹木や下草に守られるようにしながら、静かに巨石が鎮座しているのが見えた。
その巨石は、子どもがちょうどよじ登れそうな高さで、てっぺんがなだらかな形になっているお陰で、登った後に、2人並んで腰掛けて、空を見上げられそうな形をしている。

巨石から感じる圧倒的な安心感に、2人は一瞬だけ、恐怖を忘れて、登ってみたいなと思って近寄った。
すると巨石の周りだけ、足裏の感触が柔らかいことに気が付いた。

巨石の足元には、風に舞った周囲の樹木の落ち葉が、巨石にぶつかり落ち、長い間堆積し続け、微生物たちが分解することでできた、腐葉が、ふかふかの柔らかな土となっていた。

2人は、急いでその腐葉土を自分たちが首まで埋まる深さまで掘って、すばやく身を隠し、周りの枯葉をかき集めて、互いの頭にかけ合って、周囲からは見えなくした。

夏を間近に控えているにも関わらず、かみまもりの杜には、風が止まり、冷ややかで重苦しい空気が漂っている。

息を潜めている、けいとみうの目の前に、ほどなくして、後ろ手を縄で縛られた父と母が、賊が操る馬の背に乗せられて、けいとみうが息を潜めている巨石のすぐ近くまでやってきた。

けいとみうの家の中を手当たり次第、隅々まで探し尽くした、賊たちは、かみまもりの杜の奥の一部を六芒星で指し示す、地図らしき一枚の紙を神棚の奥に見つけた。
それを見た賊たちは、かみまもりの杜の奥に秘宝が隠されているはずだ、と思って、父と母に道案内をさせて、六芒星が示す、かみまもりの杜の奥へとやってきた。

長年、禁足地として、神官以外に人が立ち入ることを拒み、静寂と静謐が保たれてきた、かみまもりの杜は、賊たちが無造作に持ち込んだ荒々しい邪気に、静かに怒りを湛えているようにざわざわと葉揺らし騒ぎ立てていた。

賊の頭領の大男は、樹木に囲まれた巨石以外、何も見当たらないこの地が期待外れだったのだろう。

大男は、「こんな何もないところに、連れてきやがって!俺たちを騙しているんだろう!」と怒気を荒げ、後ろ手を縛られたまま、馬に乗せられている父と母の胸ぐらを掴み、2人同時に力一杯地面へと叩きつけた。

父と母は、無抵抗のまま、地面に強く体を打ち付けられ、鈍い声を上げた。
父は倒れ込んだ状態のまま、体を引きずるようにして、うつ伏せに倒れて動かなくなっている母の盾となり、大男をまっすぐに見上げながら、こう言った。
「あなた方が、神棚から見つけた紙に示された、かみまもりの杜の奥に、案内しろというから、そうしたまでだ。騙そうなど決してしていない。あなた方が言う秘宝なんてものは、ないのと同じ、決して目には見えないのだ。もし、わざわざ秘宝と呼ぶものがあるとするならば、それは、この世に存在しているすべてのもののことだ。生きとし、生けるもの、物言うもの、言わぬもの、動くもの、動かざるもの、人、草花、木々、天地、空間、あらゆるもの、すべてだ。」と、父の力強く熱い語気を含んだ言葉が、波動となって杜全体にこだました。

暗く、冷たく重たく漂っていた、杜の空気を、父が発した煮えたぎった熱風が、塗り替えていく。

父の熱は、大男の体の中をも駆け巡っていた。

暗く冷たく重たい空気に、熱い空気がぶつかる時、天から竜巻や大雨が降り降ろされる。
それはまるで、暗く冷たく重たい空気が、変化に怯えて恐怖しているかのようだ。

大男の深い闇から聞こえる、俺を変えるな!やめろ!変えられたくない!という叫び。


大男は、幼子の頃に両親と死に別れ、乞食や盗みを働き、人を騙し、暴力をふるい、人を殺め、金を奪い、地面に溜まった泥水を毎日啜るかのようにして生き伸びてきた。

大男は、自分の中に生きてきた年数分溜まった、ドス黒い念が、父が発した、熱を帯びた清らかで真っ直ぐな感覚に、力強く掴まれたような気がした。
大男の奥底にある、遠い昔から知っていて、ずっと見て見ぬ振りをしてきた、曇なききれいなものが、揺さぶられたかのように。

だがその瞬間、大男の頭の中で、「やめろ!そっちに意識を向けるんじゃない!さもないと、本当のお前が乗っ取られて、抹殺されるぞ!」という声が聞こえた。
その頭の中の声が鳴り止む刹那、大男の体がとっさに動いた。


ドス黒い悪に染まりきってきた大男の手は、己という、か弱い生き物を必死に守りながら、生きていくためだけに、幾度も人を殺めた血が染み付いている。

その汚れた手が、とっさに、腰に携えていた刀を抜き、その刀は、鈍い光を放ちながら、まっすぐにこちらを見上げている父の首に向かって、勢いよく振り下ろされた。

刀が人の生肉を切り裂いていくときには、いつも相手の肉体が必死に哀願してくるような柔らかな感触を感じる。

その一瞬の感触を完全に無視して、刀を握る手にさらに力を込める。
そうして肉を切り裂き、骨を砕き、生ぬるい大量の血飛沫をあげながら、今まで数えきれないほどの人の命を奪ってきた。

その辺に這う虫けらを潰すのと、人の命を奪うのと何が違うというのだ。
吐き気が込み上げるほどのどうしようもない、生きる苦しさから、俺は、一刻も早く、お前らを救って、楽にしてやっている。
分かるか?これは、俺なりの正義なんだよ。

あれだけ慈愛に満ちた父の両目は、宙の一点を見つめたまま、正気を失った。

首から上を胴体から切り離され、無惨な姿になった父の変わり果てた姿を目の当たりにした母は、父の温かなぬくもりに満ちた血を全身に浴びながら、恐怖と絶望が入り混じった狂乱の悲鳴を上げた。

人の魂が、身体から抜け出る時、最期に何を残したいと思うだろう。

愛に満ちた生を送り尽くした者たちはきっと、最期の時を迎えてもなお、愛を残そうとする。

その者たちは、たとえ、どんな最期を迎えたとしても、最期の命を振り絞り、愛をそこに産み落とそうとする。

そうやって、命懸けで産み落とされた愛は、すべてを抱きしめるべく、この地に深く染み込み、次の生を育んでいく。


風水まもり=かみまもり=【第二章】自我=完=