風水まもり=かみまもり=【第一章】営み

2025.06.01

【第一章】=営み=

「風、水、光に満ちた蒼き星に住まう尊厳なる魂たちよ。
すべてのものと溶け合い、宇宙の悠久なる記憶を書き換え、固く秘された扉を今こそ開け放ち給え」


代々神に仕える神官の家系の家に生まれた男の子と女の子の双子の兄妹、けいと、みうは、暖かな陽射しをうっすらと瞼に感じながらも、まだ小さな寝息を立てながら眠っている。

そんな二人の耳もとに、どこからともなく、誰かが優しくささやく声が聞こえた気がして、二人はゆっくりと目を覚ました。

けいとみうの二人は、風水守り=かみまもり=と呼ばれる、神様が宿る神聖な杜の入り口近くに佇む、山小屋風のこじんまりとした可愛らしい家に、かみまもりの杜を守る役割の神官を代々務める家系に生まれ、将来神官になるべくして育てられた父と、父に嫁いだと同時に、必然的に神官となった母とともに4人で暮らしていた。

けいとみうと同じ年の頃の子どもたちは、学校に通い始める年齢だが、二人は学校に行っていない。
父と母は、学校の入学時期に「天地自然を体でいっぱいに感じながら生きることが、人にとってとても大切なことなんだよ。だから、勉強がしたければ、学校に行けばいいし、行きたくなければ無理に行かなくてもいいんだよ。自分がどうしたいか、しっかり考えて自分で決めなさい」と二人に言った。

それを聞いた時のけいとみうは、杜の手前に広がる広大な野原に生い茂る、草の根元の一ヶ所に、枯れ草で作られた椀状のヒバリの巣を見つけ、その巣の中に5個の卵を親鳥が温めているのを見つけたばかりで、その ヒナがいつ孵るのかを今か今かと待っている時だったから、学校がどんなところで、勉強って何をするのか興味があっても、学校に行っている間に、ヒバリのヒナが卵から孵る瞬間を見過ごしてしまうなんて、絶対にイヤだと思ったから、学校に行っている場合ではなかった。

だから、その時の二人は、学校に行かないことを選んだのだけれど、それ以降も、5羽のヒバリのヒナが無事に卵から孵って、目も開いていないのに、親鳥が餌を運んでくる気配に、必死に口をぱくぱく開けて、我先に餌をねだっている様子に目を細めたり、柔らかな羽毛が生えてきて、日ごとに逞しく成長していくヒナたちから目が離せないでいたから、いつしか二人は、学校のことなどすっかり忘れていった。

杜のあちこちで、花たちが冬に固く閉じていた蕾を開かせ、甘い香りとともに、春の訪れを謳っている。

小川は、清らかな雪解けの水を湛えて、大地をたっぷりと潤していく。

暖かな風が、冬眠していた動物や昆虫を目覚めさせ、杜全体がまるで一つの生命体であるかのように、杜中が萌える生命力に脈打ち、うねっている。

神官である、けいとみうの父と母は、日の出と日の入りの時刻に合わせて、毎日かみまもりの杜の奥深くで、神様に祈りを捧げている。

それ以外には、神様に仕える神官といっても、父と母は特別なことは何もしていないように、けいとみうには見えた。

神様に祈りを捧げる以外の時間、父は家の隣にある畑で農作業をしたり、小川から水を引き込んで作られた、家から少し離れたところにある田んぼで、一日も欠かさずに手入れをしてたりするし、母は家の掃除や料理、父の手伝いなどをして、2人とも、自給自足で自分たちの手で豊かさを生み出す生活のために、忙しそうに、でもとても幸せそうに過ごしている。

父が畑に種を撒き、育て、収穫した野菜は、輝くような光に満ち溢れていて、それを受け取った母が、愛おしそうに見つめる眼差しを向けて作った料理は、一口食べるだけで心も体も丸ごと満たされるような穏やかな味がした。

また、母が、慈しむように毎日丁寧に拭き続けている床やテーブル、食器からは、父が育てた野菜と同じように、光が放たれているように見える。


そんな風に、父と母は、ごく当たり前の毎日の中で、目の前にあるものを通して、実は、この世に次々と新しい光を生み出すという、すごいことをしているんじゃないかな、とけいとみうは何となく感じていた。


日々、光を紡ぎ続けている父と母を見ているうちに、けいとみうは、人が神様から与えてもらった役割や、誰でも生まれながらにして持っている不思議な力の存在を誰に説明してもらわないでも、ちゃんと感じ取っていた。

だから、人の役割や人が持っている不思議な力って、いつもの何気ない生活や目の前にいてくれる人や、物のために、天地自然、宇宙や星々の循環と繋がって、光を生み出す力のことなんだって、思っている。

かみまもりの杜の奥は、太古の昔から、その杜を守る神官以外は、絶対に立ち入ってはならない禁足地なのだよ、と父と母から何度もきつく言われているから、けいとみうは杜の奥へは一度も足を踏み入れたことはない。
かみまもりの杜は、代々受け継がれる神官たちの手によって、また目に見えない高い意識の存在たちによって、秘され守られ続けてきた場所なのだ。

だからいつも、けいとみうは、杜の手前に広がる広大な野原で遊んでいた。
野原には低木が並んでいて、その下を頭を屈めて、くぐっていると、まるでトンネルの中を探検しているようで、生い茂る草を蹴散らして、とかげやバッタと追いかけっこをしたり、草の根元で孵化する蝶の様子を眺めたりして、毎日が面白さと驚きでいっぱいだった。

そんなある日。
街から街へと行商をしながら、生計を立てているジプシーの一隊が、人里からかなり離れた、けいとみうが両親と共に暮らす場所へとやってきた。

夏野菜の収穫に向けて、畝作りと種まきを終えた父が、服についた泥を払い、農機具を担いで家に戻ろうとしていると、離れた所に停めた馬車から1人の恰幅の良い初老の男が降りきて、愛想笑いを浮かべながら近寄ってきた。

その男は、父に「お仕事終わりでお疲れのところ、えらいすんません。実は、この辺りには初めてきたんじゃが、道に迷ってしもうて。今日はもう陽が傾いて、すぐに道が見えなくなりそうなもんで、今晩家の片隅にでも、わしらを泊めてもらえんじゃろうか?」とすまなそうに言った。

それを聞いて不憫に思った父は、「それはお困りでしょう。ご覧の通り、ここは街のように何でも手に入る所ではありませんので、大したおもてなしはできませんが、どうかゆっくりしていってください」と言って、ジプシーの申し出を快く受け入れた。

ジプシー一隊を家の前まで案内した父は、ジプシーが連れた馬を馬車から外してやり、その手綱を家の柵に手際よく結んでから、老若男女のジプシーたち合わせて5人を家の玄関へと案内した。

父が玄関の扉を開けながら、「どうぞ、狭いところですが、お入りください。」と言って、5人のジプシーたちを家の中に招き入れた時、家の中にいた母とけいとみうは、急な来客に少し戸惑ったものの、父が、「今晩は、大勢で宴会をしよう」とおどけた表情で言うので、すぐに気持ちを持ち直して、笑顔でジプシーたちに挨拶をした。

ジプシーたちは、開けられた玄関の扉から、家の中に一歩足を踏み入れた途端、清々しく柔らかな空気に体中が包まれるのを感じ、そこにいるだけで、体が緩んでいくような気がした。

家の中は、隅々まで掃除が行き届き、清潔で、使いやすく配置された家具は、どれもよく磨き込まれていて、しっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出している。

まるで、家そのものが、家の中にいる人を抱き止めて優しく癒してくれるかのようだった。
明らかに他の場所とは違い、波動の高さを感じる家の心地良さに、ジプシーたちは茫然とした。

けいとみうは、そんなジプシーたちの様子に興味津々だった。

けいとみうは、ごくたまに服や農機具を買いに、父と母と一緒に街に行く以外は、人に会わない生活だから、ジプシーたちが家の中を見回す様子さえ、面白おかしく見えた。

知らない人たちが、家の中にいるというだけで、けいとみうはワクワクしていた。

母は、人参、そら豆、玉ねぎ、じゃがいも、キャベツといった、採れたての春野菜をふんだんに使って、重ね煮して作ったスープと、ローズマリーと一緒に豚肉と手作りソーセージをオーブンでじっくりローストしたもの、自家製酵母を使った全粒粉入りの焼きたてパンに、摘んだばかりの野いちごで作った新鮮なジャムを添えたものを手際よく用意して、9人分の食事を食卓に並べた。

けいとみうは、母がジプシーたちに料理を振る舞う時に、どんな野菜がこの料理には入っていて、どんな味がするのかとかを普段以上におしゃべりになって、2人は一生懸命に説明した。

ジプシーたちは、けいとみうの説明に頷きながらも、眩しく光が放たれているかのように見える、いかにも美味しそうに優しい湯気を揺らしている料理の数々に目を奪われていた。

ジプシーたちは、母に食事の支度のお礼を言うのもほどほどに、堪らず料理を口に一口運んだ途端、今まで一度も味わったこともない、一瞬で心も体も満たされていくような、滋味深く、深々とした味に顔をほころばせた。

その様子を食い入るように見ていた、けいとみうは、「お父さんがずっと目をかけて育てた野菜と、それを使って、お母さんがたくさん心を込めた料理には、食べた人を幸せにする魔法がかかっているんだよ」と口を揃えて言った。

ジプシーたちは、あまりの美味しさに、言葉を発することも忘れて、一心に料理を頬張っていた。

食べれば食べるほど、体の芯にまで食材の栄養が行き渡り、旅の疲れが溶け出していく。

ジプシーたちが感極まりながら、食事をしている様子を確認すると、父は、食事を手早く済ませて、農機具を置いている納屋に行き、それらを手早く片付け、隅々まできれいに掃除をしてから、床に大きなテーブルクロスを重ねて敷き、寝心地の良さそうな寝床をあつらえた。

そして、家の柵に繋いだ馬に、ちょうど畑の草取りをした際に作っておいた、畑の肥料用の干し草をたっぷりと桶に入れて、食べさせてやった。

母は、何度もおかわりをするジプシーたちに、笑顔で応えながら、食卓と台所を忙しく行ったり来たりしていた。

ジプシーたちの腹がようやく満たされ、「こんなにうまい料理を食べたのは生まれて初めてだ!」「街でどんなにお金を積んだって、こんなに素晴らしい料理は味わえないわよ!」と口々に言っている。

それを聞きながら、母は恥ずかしそうにしながら、消化を促してくれる効能のあるハーブで淹れた、いい香りが漂うお茶が入ったティーカップをジプシーたち一人一人に手渡した。

食後のお茶を飲み終えたタイミングで、即席であつらえた居心地の良い寝室に、父はジプシーたちを案内した。
ジプシーたちは、寝床につくと、途端に深い眠りに誘われて、朝までぐっすりと眠った。

一晩で長旅の疲れがすっかり癒えたジプシーたちは、次の朝早く、笑顔で何度も何度もお礼を述べながら、馬に馬車をひかせて次の行商先へと旅立って行った。

そんなことがあってから、数週間後のある日、父と母は、暗く淀んだ重たい風が、どこからかこの地に向かって吹いているのを感じ取った。

欲望と殺気、高揚感が入り混じった重苦しい空気。

喉の奥をぐっと締め付けられて、息が吸えないような邪気。

意識を強く保っていないと、心が乗っ取られてしまいそうな、目に見えないドス黒い何かがすぐ近くにまで迫ってきている。

父と母の直感が、今すぐに、大切なものを命に換えても絶対に守れ!と叫んでいた。。。。

風水守り=かみまもり=【第一章】自然の営みのなかで=完=